北海道のラリー情報交換サイト「Rally Do!」ブログ

北海道地区のラリーの情報を幅広くお伝えするブログです。

この人を紹介 5人目

この人を紹介 5人目

今回は、3年連続でJMRC北海道ラリーシリーズのチャンピオンCクラスでシリーズチャンピオンに輝いた山田健一選手に登場してもらいます。

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──3年連続チャンピオンおめでとうございます
山田(以下やまけん)「ありがとうございます」
──いまの心境は?
やまけん「嬉しいというのはもちろんですが、ホッとしているっていうのが正直な気持ちですね」
──それはなぜ?
やまけん「開幕3戦は山上(智也)くんにやられてましたし、最後もふがいなく終わってしまいましたから」
──山上くんは速かったね
やまけん「特にターマックの1戦目は上りで全部負けてますからね」
──それはやまけんに問題があったの?
やまけん「そうですね。下りのギャラステで観ていた(鎌田)卓麻さんの『下りであんなに走れるのに、なんで上りで負けるの。走らせ方が悪いんじゃない』っていうひと言で、ラリーの帰りに『アッ!』って思い出したことがあったんです」
──それは?
やまけん「走らせ方ですね。卓麻さんにも言われたんですけど、下りと上りでは走らせ方が違ったんですね。負けてそれが分かったというか」
──思い出したことがあったんだ
やまけん「関根(正人)さんに3年か4年前から言われていたことなんですが、タイトコーナーはジムカーナのように走らせないとタイムが出せない、っていうのを忘れてましたね。特にターボ車はそうしないとダメだったのに出来てなかったんです。だから陸別で落ちた時のようなIMG_4334.jpg(Super Tarmac 2010)ことになってしまうんです」
──じゃあ来年からは舗装でも
やまけん「走らせ方も思い出したし、クルマのセットアップも見えているので、来年はましになるんじゃないですかね」

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──話が戻ってしまうけど、やまけんって若く見えるけどいくつなの?
やまけん「エッ! 1976年生まれの36歳です」
──競技歴は?
やまけん「競技車を買ってから2年ぐらいは出ていなかったので、ラリーに出たのが22歳だから14年になりますね」
──競技をするきっかけは?
やまけん「姉の旦那がラリーをしていたので、その影響ですね」
──いろいろと教わった?
やまけん「中学の時に競技会に連れて行ってもらったりはしましたが、ドライビングとかは練習のときとかに横に乗せてもらっただけですね。たぶんその時に何か教えてくれているんでしょうけど覚えてないです」
──それで自分でも走りたくなったと
やまけん「そうですね。林道には連れて行ってもらってたんで、免許を取ってすぐに行きました」
──行けた?
やまけん「林道には行けました」
──ちゃんと走れた?
やまけん「無理でしたね。免許を取って1ヶ月やそこらで走れる訳ないですよ。見事に横倒しになってしまって、調子こいてたんですね。それで営林署のおじさんとおばさんに『大丈夫?』って助けてもらいました」
──助けてもらったって、夜に?
やまけん「いえ。昼間でした」
──昼?
やまけん「いまではそんなことしないけど、若かったというか知らなかったんですね。でも向いてないのかなと思って、林道に行くのを止めて新港とかに行ってました」
──それがどうして?
やまけん「2年ぐらいしてやっぱり林道が走りたくなって、相談して中古のヴィヴィオを買ったんです。それが20歳の時ですね。あっ、そういえば20歳の頃に義理の兄とAG(AG.MSC北海道)が主催した秒計のラリーに1度だけ出たことがありました。二十歳だったので保険が高くてびっくりしましたね。それもあって競技を始めたのが22歳だったような気がします」
──最初はジュニアから
やまけん「デビューはジュニア戦で、山田自販のラリーでした。次が、確かチャンピオン戦とジュニア戦が併催されだした年でエントリー代が同じだったんで、2戦目はチャンピオンに出たと思います。まだジュニア戦もピンで開催されていたので、3戦目はまたジュニアに出てその年は終わりましたね」
──ジュニアは2戦だけ?
やまけん「そうですね。ジュニアは2戦だけでした。どうせチャンピオンを走るなら早くから出ていたら、と言われたし、『ジュニアでチャンピオンを獲るとチャンピオン戦ではチャンピオンになれない』っていうジンクスがありましたから」
──そんなジンクスがあった?
やまけん「確か」

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──競技車は?
やまけん「最初が先に話したヴィヴィオです」
──それは何年ぐらい乗ったの?
やまけん「ヴィヴィオは6年乗ったけど、毎年のようにクルマを壊してました。それも全損になるぐらい」
──それでまたヴィヴィオを造ったんだ
やまけん「そうですね。中古の20万とか15万のクルマを探してきて部品を載せ替えてました。いま考えると、ヴィヴィオっていまも同じような値段ですね」
──その次は?
やまけん「ミラージュに乗って、NAランサーで、30歳でターボ付きでCクラスに出ました」

やまけんの競技車ヒストリー(オイラのストックしている写真の中から)
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2004年のNAランサー(EZO SUMMER RALLY 2004)
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2005年のミラージュ(2005 MSC-F Rally OF FURANO)
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2006年の黒ランサー(ARK Rally LAB 2006)
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2007年の初代ランサー・エボⅦ(EZO SUMMER RALLY 2007)
その後、芦別の山で
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こうなった。
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2008年の借り物ランサー(2008 RALLY FURANO)
ヴィヴィオと古いミラージュの写真は探せなかった(byおっちゃん)

──シリーズチャンピオンは?
やまけん「ヴィヴィオで1回取っています。26歳の時ですね」
──ミラージュでは
やまけん「2位止まりですね。最終戦までもつれたんですけど、竹下紀子さんに輝いてしまいました」
──その後は?
やまけん「関根さんから借りたランサーで2008年に取って、燃えた次の年です。2009年はハギ(萩中俊介)が取って、2010年からは取り続けています」
──2009年もシリーズ2位だったしリタイアが減っているんじゃないの?
やまけん「確かにポイントを取りこぼしてないのかもしれないですけど、納得のいく攻め方をしていないからですね」
──それはどういうこと?
やまけん「エボⅢは別として、エボⅦは重量があるので軽いクルマの時にしていた運転をしていないんです」
──具体的に
やまけん「軽いクルマだとコーナーに入っちゃえばなんとかなっていたんです。放り投げるっていうか、勢いよく進入しても曲がれたんですけど、重さがあるとそればかりではダメなんですね。放り投げるときもありますけど、放り投げるだけじゃダメなんで、それ以外の走らせ方もしなきゃいけないんです」
──重さで違うんだ
やまけん「はい。1340だか60kgから世界が変わるって言われたことがあるんですけど、本当にそうだったんです。全然思っている走りが出来なかったですからね」
──走らせ方が違うんだ
やまけん「エボⅦで苦労したのも、自分の走りは『えーい、行っちゃえ』的な走りだと思っているんです。でもそれを封印しないとエボⅦではタイムが出せないですからね」
──我慢しているんだ
やまけん「そうですね。自分の走りでは無いと思います。それがリタイアしないことにつながっているのかもしれないですね」
──リスクを背負わなくなっているんだ
やまけん「そうかもしれません」

IMG_2946.jpg

──やまけんの師匠って誰?
やまけん「競技との出会いは義理の兄ですけど、ラリーのいろはを最初に教えてくれたのは森清(俊幸)さんですね。今は関根さんにラリーのいろは意外にも何かとお世話になってますが」
──走りとか
やまけん「ドライビングもそうですけど、セッティングのことなんかも相談します」
──セッティングも
やまけん「はい。エボⅦでは苦労してますからね。自分はセッティングを変えても1ヶ所ではよく分からないので3ヶ所とか4ヶ所ぐらい場所を変えて走ってみて『こんなもんかな』ってなるんですけど、関根さんだと1ヶ所走っただけで『曲がらないからここを柔らかくしよう』って指摘してくれるんです」
──それは経験から来てるんじゃないの?
やまけん「自分もそこそこ経験は積んでるつもりなんですけどね。自分が鈍いのかも知れません。それで関根さんに乗ってもらうっていうのもあるんですけど、自分のドライビングよりもクルマの状態を良くしないといけないということもあるので」
──冬から舗装、舗装からダートへの変更は?
やまけん「ほとんど前年の仕様で組みます。不満が無いと変えないですね。同じセットっていうのは冬だけかもしれないけど、舗装とダートは毎年ちょっとは変更がありますね。だから外しちゃう事があるんです」
──外しちゃうっていうのは?
やまけん「サーキットみたく同じコースで何秒だからダメだ、みたいなことが無いですから。特にグラベルでは『悪くないけど、どうだろう?』みたいなことがあって、重いクルマだとそれが多いんですよね。『悪くないけど・・・・悪いな』っていうことがあるんです」
──それで乗ってもらうんだ
やまけん「舗装からダートに移す時は時間が無いですからね。限られた時間で仕様変更をすべてするのは無理があるので関根さんに乗ってもらって『どうですか?』ってアドバイスを貰うようにしています」
──3年連続チャンピオンになっているんだから悪くないんじゃないの?
やまけん「外撮りのビデオを見るとそれなりにちゃんと走っているように映っているんですけど、中はドタバタしているんですよ。インカーを関根さんに観てもらうんですが、いい所はいいって言ってくれるんですが、悪いところは悪すぎるから、もし全日本に出たらそこでおいていかれるって言われますね」
──走りに差があるんだ
やまけん「そうなんです。だから悪いところを少なくする方向で行きたいというか、底上げをしたいんです」
──競技を14年やってきて、まだ底上げをしたいっていうのは何がそうさせているの?
やまけん「ドライビングを向上させたいというか、思い通りの走りが出来てないですからね。ヴィヴィオやミラージュみたくは走れて無いですから」
──自分の走りだ
やまけん「はい。気持ちよく走りたいっていうのもありますし、新井(敏弘)さんに近づきたいっていうのもあるし、関根さんにも追い付きたい思いがありますからね」
──まだ追い付いていない?
やまけん「関根さんの横に乗ったら上手くなっているんですよ。昨年の関根さんには追い付いているなと思っていたら、進化しているんですよ。一歩前を行っているというか、なかなか追い付けないですね」
──いい環境なんだ
やまけん「そうですね。身近に手本になる人がいますし、ライバルもいますからね。まだ負けれないけど」
──来年の予定は?
やまけん「北海道シリーズは追うつもりでいます。ただ第5戦のARKは全日本戦にチャレンジしようと思っています。関根さんも『いいんじゃない』って言ってくれてますし。大楽(敬)さんと一緒に全日本戦に出たことが無いので調整してもらっています」
──1戦少ないとシリーズを争うのには不利だね
やまけん「前半でポイントを稼げば大丈夫でしょう。もちろん連覇を狙ってます」
──最後にラリーに出てくる若者にひと言
やまけん「いつでも挑戦を受ける!ですね」
──ありがとうございました



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  1. 2012/12/04(火) 23:51:55|
  2. この人を紹介
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「この人を紹介」 4人目

「この人を紹介」4人目

K-Carクラスチャンピオン 岡村 巧

今回登場してもらうのは、K-Carクラスの初代チャンピオンに輝いた岡村 巧選手です。2007年のジュニアAクラスでチャンピオンになって以来のシリーズ制覇でした。

写真1HR8A3288

──初代チャンピオンおめでとうございます
岡村「ありがとうございます。初代っていい響きですね」
──自己紹介から
岡村「岡村 巧(おかむら たくみ)36歳です」
──家族は
岡村「妻がひとり(笑)と、子供は娘がふたりです」
──住まいは
岡村「帯広です」
──帯広といえばラリージャパンやラリー北海道で世界的に名前が売れたけど、何か変わったことはあった
岡村「変わったことといえば、ラリーと言って分かってもらえるようになったことですかね。ラリーといえばパリダカでしたから。仕事柄遠くへ行く時は届を出して理由を書かないといけないんですけど、『ラリーに出る』と言ったらすんなり通用するようになりましたから」
──仕事は自衛隊だよね
岡村「そうです」
──所属部隊を教えて
岡村「本気出していいですか」
──いいよ
岡村「第5後方支援隊第1整備中隊車両整備小隊です」
──覚えているの
岡村「もちろん」
──無駄に長いよね(笑)
岡村「・・・(笑)」

写真2HR8A7533

──競技を始めるきっかけは
岡村「やっぱり親父ですかね」
──岡村寛一さん
岡村「そうです。親父の影響が大きかったですね。小さい時からラリーが身近にありましたから」
──競技歴は
岡村「競技を始めてから18年が経ちます。でも、その中に7年のブランクがあるんですけど」
──ブランクって
岡村「クルマを壊してしばらく休んでいました」
──最初からラリーを
岡村「ラリー志望だったんですけど、始めた時は学生で、確かそのときは年齢とかの制限があってラリーに出れなかったんです」
──それでダートラを
岡村「入った学校が全寮制でクルマの持ち込みがダメだったんですよね。それで親父にクルマを持ってきてもらって砂川に行っていたという感じです」

写真3HR8A4454

──最初に乗った車は
岡村「スバルのレックスです」
──親父さんの
岡村「いえ、伯父さんのクルマです」
──最初の競技車は
岡村「親父が見つけてきた34のカルタスです。古谷(憲仁)さんが乗っていたクルマだったらしいです」
──競技車歴は
岡村「カルタスの次がCA4Aミラージュで、ブランクがあってアルトです」
──3台?
岡村「そうです」
──ミラージュの後がブランクなんだけど、そのミラージュって
岡村「ミラージュの話ですか」
──ミラージュの
岡村「カマタスポーツのミラージュだったんですけど、プレイドライブの伊吹(浩明)さんと三笠のラリーに出たんですよ。いまのようにレッキが無いときで、過去のデータでなんとなくノートは作っていたんですけど、危ないところが一ヶ所あるって伊吹さんも覚えていたみたいで。それが、その場所に来た時に『いま』って言われて。『えっ、ここ』って。もう遅いですよね。コースから居なくなりました」
──イブちゃんが悪いんだ
岡村「そうですね(笑)」
岡村「いえ、自分が悪いんです」
──それでミラージュからアルトになったんだ
岡村「ブランクはありましたけど」
──軽はどう?
岡村「ランニングコストを抑えれるのが魅力ですね」
──具体的には
岡村「すべてが安く済みますから。クルマも安く見つけれますし、パーツも安いですからね。高いのもあるのかな。タイヤなんか3年も買ってないですからね」
──それはお金が無いから
岡村「それもありますけど、減らないですから」
──ところで、奥さんは何も言わない
岡村「何も。本当は思っているんでしょうけど、言わないですね」
──練習とかでいつもいない、なんて言われない
岡村「練習は本番前に1回だけです」
──少ないね
岡村「少ないですね。でも、ガソリン代を掛けないとかクルマを消耗させないとか、僕なりに気を使ってるんですよ。通勤もちゃりんこにしてますし」
──家庭があると大変だよね
岡村「そうですよ」

写真4QL8Y6034

──今年は全戦違うコドラを乗せたけど
岡村「全員に優勝を経験させれたので、満足してくれたと思います」
──ラリーに誘い込もうっていうのは
岡村「すぐには無理かもしれませんが、ラリーの楽しさは知ってもらえたと思うので、ちょっと時間はかかるかもしれませんけど、意欲はあるのでいつかは出てくれるんじゃないですかね」
──第5戦では年配の方を乗せてましたね
岡村「深澤さんですね。退職間際の方でした。あっ、もう退職したのかな。」
──出てきそう
岡村「いま奥さんを口説いていると思います」
──初めての人だとペースノートとかどうしたの
岡村「本番前に練習もしましたが、セミナーを受けていたりクローズドで経験があるとか素人ばかりじゃ無かったので違和感はなかったですね。深澤さんも最初は無理だったけど、3本目ぐらいから読めるようになってきましたからね」
──タクミは英語でやってるの
岡村「いえいえ、日本語です。レフトとかライトって言われてもどっちか分からないし。LやRって言われてもね。右、左ですよ。うちのクラブには英語の人もいるけど、僕は日本語です。そういう質問もされたけど、ドライバーに合わせてやるしかないって言いましたね」
──ペースノートにはいろいろ入れるの
岡村「僕のは単純だと思いますよ。難しいこと言われても理解できませんから。自分が聞いたときに理解できる範囲で作ります。世界とか全日本とかのトップの人達は別かもしれないけど、僕はノートの無い時代の古い人間ですから、有視界を補う程度かもしれませんね(笑)。ペースノートから入った人は、ノートをあまりにも重視しすぎてるんじゃないですかね。最近は特にそう見えて。情報とかを入れるのは悪いとは言わないけど、読まれてすぐに理解出来るのかなって。中にはノートを読んでくれるまで待つ人もいますからね。」
──それに対しては
岡村「まず、アクセルを踏むことでしょう」

写真5QL8Y7331

──素人を乗せて自分にもプラスになった
岡村「はい。教える立場になったので、いろいろと質問されるので改めてラリーと向き合えましたね。気持ちの持って行き方とか、SS以外のリエゾンのことなんかもいままではコドラに任せてましたからね。受付から勉強しなおせました」
──良かったこともあったと
岡村「そうですね。走りのことは別にして、得るものはありました」
──K-Carクラスについて
岡村「なんですか」
──今年新設されたクラスだけど台数は増えるの
岡村「いま7台はいますよね」
──そんなにいる?
岡村「今年出場したのが7台ですから。他に石橋(栄)さんも居ますし、古谷さんも来ますから、抜けた人がいても台数は確保出来るんじゃないですか」
──でも新車は無いよね
岡村「そうですけど、まだ競技で使える軽を持っている人がいると思うし、眠っている競技車もあるんじゃないですか」
──増やす努力は
岡村「もちろんしていますよ。ラリー洞爺に一緒に出た小笠原さんもそうですが、いろいろと声は掛けています」
──台数が増えるといいね
岡村「そうですね、ランサーやインプレッサもいいですけど、ラリーを始める人にも、しばらく休んでいたけど復帰する人にもこのクラスに出て来てほしいですね」

写真6QL8Y6040

──軽に乗ってて怖いことは
岡村「ん~。無いかな」
──無い
岡村「100km/hを越えるとドアがバタつきますから、そういうときは悪いことが頭をよぎることがありますが」
──バタつくのはクルマが悪い
岡村「それもありますが(笑)、ちょっとドキドキしますね」
──転ぶとヤバイ
岡村「怪我もしたくないけど、なにより競技を長く続けるためにも壊したくないですから」
──無理しない
岡村「落ちないように、危ないところは抑えて」
──長く続けるにはそこか
岡村「壊さないこともそうですが、本当は部品なんかも贅沢に定期交換したほうがいいと思うんですけど、我慢できるとこは我慢して極力お金を掛けないこともそうだと思います」
──お金をかけなくてもチャンピオンになれたと
岡村「勝負が出来るようになったのはここ3~4年ですよ。勝負をかけている人は別かもしれませんが、長く続けているといいこともあります」
──ライバルは
岡村「正直、ラリー洞爺までモチベーションを保つのが大変でした。洞爺で轍(わだち)が出来た時のベテランの走りには驚きましたから、谷岡(一幸)さんですね。いっきに20秒もやられた時がありましたから。でもペースを少し上げた時に落ちてくれて助かりましたけど。あと、古谷さんですね。ハマると速いですよ。冬も速いし、濡れたところも速いですから」

写真7QL8Y5544

──来年は
岡村「いままでサービスって行ったことがないので、サービス要員で参加することもあります。冬は走行会をしようと思っているので、それに専念します」
──じゃあシリーズは
岡村「再来年頑張ります(笑)。来年は十勝で開催されるオールスターラリーで頑張りますよ。そのために新車を作っています」
──新車を
岡村「新車って言ってもアルトですけど。いままでイチから競技車を作ったことが無いので、やってみようかと思って。いま使っているパーツを移植しますけど、ハコは新しくなります」
──4台目だ
岡村「そうですね。いまのアルトも新車(笑)の目途が立てばファイナルアタックをしようと思っています」
──楽しみだね
岡村「期待していてください」
──最後にひと言
岡村「ラリードゥの更新をこまめにしてください。楽しみにしていますから」
──聞かなかったことにします
──クルマ作りも走りも頑張ってください
岡村「ありがとうございます」


2011年のレポートは今回が最後です。今年1年間ありがとうございました。まだまだやりたいことや、伝えたいことがあったのですが、来年以降に頑張ります。
みなさん、良いお年を──────


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  1. 2011/12/31(土) 00:00:29|
  2. この人を紹介
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2WD1.5チャンピオンインタビュー

「この人を紹介」3人目

2WD1.5チャンピオン 佐々木博未

今回登場してもらうのは、2WD1.5クラスでシリーズチャンピオンに輝いた佐々木博未選手です。昨年はチャンピオンBクラスを制し、2戦連続でチャンピオンを獲得しました。

──2年連続のチャンピオンおめでとうございます
佐々木「ありがとうございます」
──自己紹介をお願いします
佐々木「名前は佐々木博未(ささきひろみ)です。昭和58年生まれの27歳。やぎ座のO型です」
──結婚は
佐々木「独身です」
──良かった。聞いてるオイラも独り者ですから。
顔写真1
──モータースポーツをするきっかけは
佐々木「ボク大学に5年行ってるんですけど、サッカー部を4年間やっていて、辞めてしまってから何もすることが無くなって。ラリーはしたかったんですが、土、日はサッカーがありましたから。それで親がむかしラリーをしていたっていうのもあって」
──身近にラリーがあったんだ
佐々木「そうですね。親父はジュニア戦に2~3戦しか出ていなかったと思うんですけど、元ラリーストなんですよ(笑)。兄貴も競技会には出ていませんがインプレッサに乗っていたことがあったので」
──覚えているの
佐々木「親父のTE71はあまり覚えてませんが、家に親父の載っているLIBRE(リブレ)があって、それが唯一雑誌に載った写真らしいんですけど、すぐに大会で廃車にしちゃって。車を持たない時期があって、次のファミリア(BMFR)のラリー車は『かっこいいなぁ』っていうのが子供ながらに思った記憶がありますね。ただ、ファミリアで競技に出たかどうかは覚えてないです」
──お兄さんは
佐々木「5歳上の兄貴なんですけど、練習には横に乗って行ったことがありましたね。中学3年生の時だったかな」
──影響されているよね
佐々木「そうですね。十分影響されていると思いますね」
──家族の理解はあるんだ
佐々木「めちゃめちゃ理解してもらってますね、家族には。親父はちょくちょく見に来ていますよ。RTCも来てましたし」
──親父さんが
佐々木「はい。サービスにも来るんですよ。僕はあまり来てほしくないんですけど(笑)。見には来てほしいですけど、サービスまではね」
顔写真2
──最初に乗った車は
佐々木「高校を卒業する時に買ったのがCC4Aのミラージュです」
──その時からミラージュに
佐々木「最初からラリーをやろうとは思っていたんです。まだラリーのラの字もかじってないですけど。ダートラ車だったやつを買って昨年まで乗ってました」
──そんなに長く
佐々木「はい。ず~っとCC4Aですね」
──ラリーデビューはいつ?
佐々木「2007年の第2戦、EZOの冬のラリーですね」
デビュー戦
デビュー戦となったEZOエンドレスラリー
──ラリーの前に競技歴は
佐々木「ラリーデビューの前年に道工大とかARKのダートラに2~3回出てますけど、ライセンスの無いクローズドクラスですからね。競技歴と言えるのかな」
──クラブには入っていたの
佐々木「いいえ。ライセンスの取り方とかも知らないし、クラブの入り方も知らなかったですからね。ダートラに行ったときに北大の高篠(孝介)さんがいて、そこで『練習に一緒に行きたいんですけど』って声をかけて。そこから北大生とつるむようになって、クラブに入っていないんだったらうちに来ないって言われて、それでB.Bに入ったんです」
──クラブはB.B.北海道だけど北大OBじゃないんだって
佐々木「よく言われるんですけど、違うんですよね」
──大学は
佐々木「北海学園です」
──仕事は何をしているの
佐々木「札幌パーツの石狩工場にいます」
──じゃあ中古パーツは豊富なんだ
佐々木「一般車ばかりで、ランサーとかミラージュは入ってこないのでそんなに頻繁にはないですね。入ってきたら安く買わせてもらいますけど」
──競技車のメンテナンスは
佐々木「いまはAIMの鈴木(政昭)さんにお世話になってますけど、北大自動車部のガレージを使わせてもらっていたこともあります」
──ミラージュを作ったのは
佐々木「ダートラ車だったんですけど、2名乗車のロールバーはAIMで付けてもらったんです。でも、フロアーガードとかリヤデフとかミッションなどラリー車にするパーツは苫小牧のTRリバティーに中古があったのでそちらに行きました」
──それはどうして
佐々木「AIMにも何回か行ったんですけど、当時は鈴木さんが怖い人に見えちゃって。全然そんな人じゃないですよ。でもその時はなぜかそう思ったんです。それでラリーをしようと思った時にプレイドライブを買ったんですよ。そこにチャンピオンになった加藤(正博)さんが載っていて、『あっ、この人に教えてもらえば速くなれるんだ』って単純に思っちゃって、それで親父にリバティーの三上(弘光)さんに連絡をしてもらったら、中古のパーツもあるよっていうことで、どうせなら全部付けてもらうことになって」
──それで苫小牧に
佐々木「そうですね。何かあると苫小牧に行っていた時期もあったんですけど、加藤さんは転勤でいなくなっちゃうし、パーツの持ち主だった目黒(博則)さんも引退してましたから」
──それで行かなくなったと
佐々木「そうですね。ジュニアまでは行ってたんですけど、チャンピオン戦になってからは鈴木さんにお願いするようになって」
──練習は
佐々木「北大の連中と行くのが多かったですね。初めのころから北大生と行ってましたし、練習もすべてハム(木村公二)さんに教えてもらっていて、ジュニア時代はハムさんと組んでいて走りのアドバイスもしてもらってました」
──ハムとは何年コンビを組んだの
佐々木「この年だけです。デビューの2007年は岩井(將悟)で、2009年はハムさんがジュニアCで走るっていうんで、湊谷(孝司)さんにダメ元で電話したら『いいよ』って組んでくれることになって」
──それでチャンピオンを取ったと
佐々木「そうです」
──でも2年でチャンピオンとは早いでしょう
佐々木「そうですね。早いですね」
──親父さんのDNAかな
佐々木「どうですかね(笑)」
RTC.jpg
ミラージュで最後の戦いとなった「とかち2009」
──練習はいまでも北大生と
佐々木「少なくなったけど行ってます。前は桑田(幸典)さんや鮫島(大湖)さん、湊谷さんがいたので教えてもらえる人も多かったですからね。今年は木戸(達三)さんにも連れて行ってもらいました」
──何かアドバイスはあった
佐々木「いままではひとりで運転して、いろいろな人に乗ってもらうだけでペースノートの練習をしてなかったんです。で、木戸さんに『本番のための練習をしなきゃダメ』って言われて、今年の夏は松井(浩二)さんに付き合ってもらってペースノートの練習をするようにしました」
──なにか変った
佐々木「ペースノートがまだまだっていうのが分かりました。僕は角度があいまいなんですよ。ちゃんとハンドルの切れ角とかでやってませんですし。ラリーを始める前にネットで調べた「ペースノートの作り方」だったかに、こういうコーナーは「3」とかって出てて、それがずっと続いていたんです」
──ペースノートの制度を上げると
佐々木「そうですね。まだ松井さんと練習しないといけないんですけど」
──運転は
佐々木「冬も早めに慣れたいので、石塚(慶子)さんに連絡して旭川へ練習に行きたいですし、和田(誠)さんの横にもお願いして乗せてもらいたいです」
──和田さんの名前が出てきたけど、今年はクラスを変えましたね
佐々木「ヴィッツで2WD1.5に移りました」
──ヴィッツを作るのにいくらぐらいか掛かってますか
佐々木「車両を入れて200万円で抑えて、ってお願いしましたから、その範囲内だと思います」
──ヴィッツに乗ってどうでした
佐々木「最初は速いと思ったんですが、北大生のCJとかから乗り換えると思ったほどじゃないですね」
──それでも1.5クラスは台数が増えているよね
佐々木「増えてますね。速くはないけど、競い合えるのがいいですよ。メンバーも(佐藤)茂樹さんをはじめ揃ってますからね」
──このクラスの戦い方は
佐々木「そうですね、いついかなる時も気を抜けないってことをEZOのターマック戦で学びました」
EZO.jpg
逆転された最終SS
──詳しく話して
佐々木「SS1をゴールして、タイムを見るまでは全然ダメダメだなと思っていたのにベストが取れて、それがSS2でも続いてベストを取って、SS3で中西(貴晃)さんのアクシデントでロスしていたから竹下(紀子)さんに負けてもしかたがないと思ったんですけど、SS4でまたベストを取り返して、変に自信が付いたというか『今日はこんな感じで走っても負けないんだ』と勝手に思っちゃって。SS5は5秒近くも離れていたから、これぐらいで走ればOKなんだと思っていたら、ゴールしてコ・ドラの松井さんが手でバッテンをして『負けたわ』っていうんですよ。嘘でしょ、と思って見たら本当に竹下さんに逆転されていて。その時に目が覚めたというか、『なにやってんだべ』って。サービスでは鈴木さんにも『うっそぉ~』って言われるし。悔しいというより、自分に腹が立って「何やってんの、ばっかだな」ってね。おごりというか、こんなもんでいいと思って走っていた自分が許せなかったですね。ホント最後の最後に甘さが出ました」
──それでこのクラスの初優勝を逃したんだ
佐々木「そうなんですよ。優勝できたのに。優勝出来なかったのは悔しかったですね」
──それでARKのラリーにつながるのかな
佐々木「そうなんです。ARKは勝たなきゃまずいだろうと。SS1から攻めましたね。SS1から全部ベストを取ってやろうと思ってましたから。ただ、茂樹さんはヴィッツで出てきたし、泉(祐悟)さんもスイフトを作ってきたので、ふたりがどう出てくるか読めない部分もありましたけど」
ARK.jpg
2WD1.5クラスで初優勝を飾った「2010 ARK RALLY in 後志」
──ARKは上手く行ったんだ
佐々木「SS1ではスピンしかけたけどベストが取れたし、トラバースの19kmは楽しく走れましたね。泉さんはSS1の後にリタイアしちゃったし、茂樹さんにはリードを築くことが出来ましたし。ラベンダーの2本目は、1本目のことがあったから少し抑えたら茂樹さんにやられましたけど」
──抑えたらEZOの二の舞になるんじゃないの
佐々木「EZOの最終SSのような抑え方ではなかったです。あの時は落とし過ぎて変な動きになりましたから。そこまでは」
──それで勝てたと
佐々木「はい、やっとこのクラスで優勝できました」
──悔しかった大会は
佐々木「やはりEZOのターマックですけど、最終戦も悔しかったですね」
──RTCはなぜ
佐々木「和田さんや竹下さんに負けたこともありますが、SS4まで使っていたバネを変えたら最初のコーナーでいきなり底付きしちゃって、バーストした感じでペースを上げれなかったんですよ。和田さんに「硬いんじゃないの」って言われていたのが気になっていたのかもしれませんが、松井さんに「人に言われたからするんじゃダメだよ」って言われて、きちんとこうだからこうするっていうのを持たないとダメですね」
──これからの課題もあるね
佐々木「鈴木さんにも『データを取ってないだろう』って言われましたし、細かくデータを取っておかないとダメですね」
──来年の参戦予定は
佐々木「2WD1.5に全戦出る予定です」
──目標は
佐々木「もちろん、チャンピオンです」
顔写真3
──頑張ってください。ありがとうございました。


2WD1.5チャンピオンの佐々木選手のインタビューでした。
オイラが気になった人はインタビューにお伺いするかもしれないので、その時はよろしくです。


テーマ:モータースポーツ - ジャンル:車・バイク

  1. 2010/12/23(木) 00:20:48|
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RallyDo!!連載企画「この人を紹介」2人目

「この人を紹介」2人目 

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松波産業・BRIG・ヴィッツ

今年は「1.5ってどう?」って現役選手に限らず、過去に走っていたラリーストにも多く聞かれました。
みんなが知りたがっているのは「林道での1.5の走りはどうなの?」っていうことも含まれていると思いますが、「速さを求めるクラスではないと思うけど、競い合っているのは楽しそうだね」と答えています。
ステアリングを握っているドライバーが一生懸命走っているのは伝わってきますが、速さを聞かれると返事に困りますし、「遅い」とも「速い」ともいえません。
ランサーやインプレッサと比べるともちろんスピードは落ちますが、全開で走る楽しさはあると思います。経費を抑えて楽しくラリーを続けていくにはいいクラスではないでしょうか。
全日本選手権では昨年からJN1.5クラス(来年からJN2となります)が新設され話題を集めていますが、北海道では今年からこのクラスが設けられました。
全日本と北海道の車両規定の違いは、10年以内に生産された1400~1500ccの2WD車両の全日本に対して、年式の縛りが無く1500ccまでの2WD車両となっている北海道。古いクルマでも参加でき、1500ccまでの2輪駆動であればOKにしているのが北海道ということになり、車種の選択も大きく広がっています。
そこで、来年は2WD1.5クラスに移行する選手もいるようなので、今年のシリーズチャンピオンマシンとなった竹下選手のヴィッツを解剖しようと思います。
写真1 松波産業・BRIG・ヴィッツ
車名は、松波産業・BRIG・ヴィッツ(1.5RS)。
平成13年車で、車両価格は40万円ほど。いまは生産中止となっているルート6のクロスミッションと、LSD(クスコRS)が付いていました。
写真2 エンジンルーム
●エンジンルーム
エンジンはもちろんノーマルで、タワーバーも付いていません。エンジンマウントはTRD製を使用し、価格は2個で¥20,000ぐらいです。
写真3 ロールケージ①
写真4 ロールケージ②
●ロールケージ
TRD6点(TRDは生産中止になっているので、クスコの6点式で¥68,250)に斜行バー(オークションで¥20,000)を付けて7点式に。さらに、左右にサイドバー(クスコのサイドバーキットで¥21,000)を追加しています。
写真5 アンダーガード
写真6 パイピングガード
写真7 タンクガード
●ガード
アンダーガードはオクヤマのラリー用リブ付で¥80,000。重たいですが頑丈です。
パイピングガード(カタログではフューエルチューブプロテクタ)はTRDで¥25,000。
タンクガード(カタログではフューエルタンクプロテクタ)もTRDで¥35,000。
写真8 フロント足回り
写真9 リヤ足回り
●サスペンション(写真はグラベル用を装着)
グラベル用はオーリンズで、I.T.Oに特注製作で約20万円。スプリングは前後ともにTRDラリー用で¥32,000。
ターマック用もオーリンズ。たぶんジムカーナ用ということで、オークションで¥60,000(スプリング付)で落札。
●ブレーキ
ブレーキパッドはBRIGを使用。ABSをカットしているので、フロントはラリーミディアム、リヤは耐久レース用。ABSの有無でセッティングの方向が違うらしいので、メーカーに相談してみるといいようです。
写真10 タイヤ&ホイール
●タイヤ
ダンロップのDIREZZAで74R、85R、56Rの3種類を使い分けています。サイズは185/65-14。ホイールはミラージュで使っていたものを引き続き使用。
写真11 マッドフラップ
●マッドフラップ
自作品。ちなみにTRDのフロントマッドガードは¥23,100。写真7のタンクガードと一緒に写っているセンターのマッドフラップも自作。
写真12 シート&シートベルト
●シート&シートベルト
ドライバー側のバケットシートはブリッドのジータⅢtypeS(小型の人向けだったと思うと本人の弁)。コ・ドラ側はブリッドの通常サイズのもの。シートレールもブリッド製。シートベルトはサベルト青の3inch。ドライバーシートのうしろにシザースジャッキが配置されています。
写真13 フットレスト(運転席側)
写真14 フットレスト(助手席側)
●フットレスト
運転席、助手席ともに松波産業オリジナル。
写真15 ラリーコンピュータ
写真16 ナビランプ
写真17 消火器
写真18 非常用停止表示板
写真19 インパクトレンチ
●室内装備
ラリーコンピュータは長年使っているNONO。ナビランプはホームセンターで購入したLED(¥1,000)。消火器は薬剤容量が2.0㎏のFEV自動車用消火器DP2000Rが助手席の足元に固定されています。三停板、正式には非常用停止表示板はロールケージに2枚くくられています。インパクトレンチはWRCのワークスチームも使っているマキタ製で、取り付け台は松波産業オリジナル。この他に、非常用信号灯、赤色灯、牽引用ロープ、救急薬品などが装備されています。
製作費は車両代も含めて130万円ほどで済んだようですが、ボディ補強や使用するパーツが変われば費用も大きく変わってくると思います。バケットシートなどのように、クルマが変わっても使えるパーツがあると安く抑えることが出来るみたいですし、インターネットの活用もかかせないようです。なお、パーツの価格は竹下選手の記憶によるものもあるので多少の違いがあるかもしれません。

クルマの製作費を紹介しましたが、年間の参戦費用も気になることだと思います。冬の2戦は出ていなかったので、ターマック2戦とグラベル2戦で掛った費用を算出してもらいました。
ターマックは、エントリー代が2戦で¥46,000(1戦はコ・ドラが道外選手だったので¥4,000がプラスされています)。ガソリン代が、本番でリッター7~8㎞で計算して、2戦で¥12,000ほどで、移動のガソリン使用も含まれています。毎戦オイル交換をするので、エンジンオイル3ℓとミッションオイル2ℓで¥15,000と考えて2戦で¥30,000。タイヤはダートで使った中古を譲り受けたのでタダ。サービスをお願いしているので2戦で¥6,000。RTCの宿泊代など雑費として¥10,000。合計するとターマック2戦で¥104,000ほどの出費で済んでいます。
グラベルの2戦は、エントリー代が¥55,000(コ・ドラの¥4,000がプラスされています)。ガソリン代はふらのが¥6,000とRTCが¥8,000で¥14,000。オイル交換はターマックと一緒で¥30,000。タイヤは6本を購入したので¥90,000。サービス料金が¥6,000と、雑費で¥10,000とすると、合計で¥205,000。
ターマックとグラベルの経費を足すと、4戦に参加するために30万円をチョット超える額が掛っています。これはあくまでも参戦するためだけの費用で、練習の時のガソリン代とか、壊したときの補修代は含まれていません。
この金額が「安い?」「高い?」。

今年は、
写真20 竹下ヴィッツ
竹下選手のヴィッツ。
写真21 佐藤レビン
佐藤選手のレビン。
写真22 三木ストーリア
三木選手のストーリア。
写真23 中西スイフト
中西選手のスイフト。
写真24 和田ヴィッツ
和田選手のヴィッツ。
の5台が登場しましたが、来年は帯広の馬渕選手がターマック戦からの参戦を目指してコルトを製作中のようです。さらに、今年のBクラスチャンピオンになった佐々木選手もヴィッツに乗り換えてくるようですし、ジュニアBクラスの南選手もヴィッツをすでに購入していてこのクラスでの参戦になるようです。
来年はさらに2WD1.5クラスが盛り上がりそうですね。

全日本選手権で走っている
写真25 コルト
コルト
写真26 デミオ
デミオ
写真27 新型ヴィッツ
新型ヴィッツ
さらにホンダ・フィットなどが参戦しています。
  1. 2009/12/25(金) 21:19:52|
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RallyDo!!連載企画「この人を紹介」1人目 萩中俊介

「この人を紹介」1人目

チャンピオンシリーズCクラス
チャンピオンドライバー 萩中俊介

最終戦の表彰式での萩中俊介
最終戦の表彰式での萩中俊介

「この人を紹介」の第1回目は、2009年チャンピオンシリーズCクラスのチャンピオンドライバーに輝いた萩中俊介選手に登場してもらい今年を振り返ってもらいました。

最初にハギ(萩中俊介)のモータースポーツ歴から聞きますか──
ハギ「大学の時にラリーに出たのが初めてです。2年先輩に蛯名(正憲)さんがいて、その2年先輩にカマキョウ(鎌田恭輔)さんがいたんです」
じゃあ、カマキョウとは一緒にはやってないの──
ハギ「いえ、カマキョウさんは学生でいました。1年休学して海外に行ったりしていたみたいで、WRCも観戦してきたって聞いてます。それでカマキョウさんが部長で自動車部を作ってラリーに出たんです」
初めからドライバーで──
ハギ「いえ、みんなが『オレがオレが』ってドライバー志望だったので、年下の僕は蛯名さんのコ・ドラでした」
ドライバーとしては──
ハギ「ヴィヴィオでジュニアシリーズでしたね」
何戦ぐらい出たの──
ハギ「お金が無かったので、出れる時に出るっていう感じでしたから、1年に1戦ぐらいでしたね」
チャンピオン戦に出たのは──
ハギ「それもヴィヴィオで、冬のラリーに出ました。ピンクのヴィヴィオでした。最終SSまでトップで『なんだ、チャンピオンでもやっていけるんだ』って思っていたら、森清(俊幸)さんと和田(誠)さんにやられて3位でしたね。その年はその1戦だけでした。整備するお金も無かったですし」
本格的に参戦したのは──
ハギ「2003年にミラージュに乗り換えてですね」
シリーズチャンピオンになったのは──
ハギ「2005年がミラージュで、2006年がNAランサーで取りました」
で、今年が3回目だと──
ハギ「そうですね。Cクラスに移って2年連続でシリーズ2位で終わってましたから、やっと3年目でチャンピオンになれましたね」
それはおめでとうございます──
ハギ「ありがとうございます」

WRCドライバーのラトバラに似ているって噂も
WRCドライバーのラトバラに似ているって噂も

それではさっそく今年を振り返ってもらいましょうか──

冬の戦いからいきますか──
ハギ「冬の2戦はカマキョウさんに負けてしまいましたね」
先輩に華を持たせたの──
ハギ「そんなことは無いですよ」
全SSで負けていたんじゃないよね──
ハギ「そうですね。勝てる可能性はありましたよね。それをダメにしたのは自分のミスです。第1戦は土のうに当たらなければ逆転していたかもしれないですし、2戦目も最終SSで自爆しなければ勝てたと思いますね。たらればを言っていたらきりがないですけど」
負けたのはクルマの差──
ハギ「それは無いと思いますよ。クルマの差とか、ドライビングテクニックというより、その上の差で負けたっていう感じですね。『勝つぞ』っていう気持ちとか、勝負どころでの強さとか、冬もそうですけど、富良野で負けたのも、それでやられたっていう感じですね。カマキョウさんは手強かったですからね」
ターマックの2戦は──
ハギ「1戦目のSS1はどうなるかわからなかったんです。秋葉(貴之)さんがいたので。秋葉さんには負けたくなかったですからね。1本目でベストを取ってもSS2では来るだろうと思って全開で攻めたら勝ったので、それで自信がついたと思います。SS3で少しペースを落としてもベストタイムを出せたので『あ、舗装では負けないな』と思ったんですね。自信がタイムにつながっていたと思います。RTCでギャラリーの前でドリフトしたのは『やりすぎだ』って怒られましたけど」
舗装だとエボⅦとかのほうが速いんじゃないの──
ハギ「そうですかね。でも、結局タイヤの幅は同じなので軽いクルマの方がいいんじゃないんですか。パワーの差は、ダートとか雪とかはミューが低いのでばらつきが多いんですけど、舗装っていうのはある程度安定しているので左足ブレーキを上手く使えばブーストが落ち切らないで走れるんです。ブーストを落とさないで走れれば、ダメなところの差を補っていけると思うんですよ」
グラベルでも──
ハギ「ダートでもそれが出来ると速く走れるでしょうね。ストップ・アンド・ゴーみたいな道だと辛いんですけど。たとえば、富良野の『Gajoh』のような上りになると差が出ますからね。岩下英一さんが0カーで来たときも、速いほうのSSではそんなに差をつけられなかったんですけど、Gajohではキロ2秒とかちぎられてしまいますから」
だから本州でエボⅡとか少ないの──
ハギ「本州ではツー、スリーで極めようとする人がいないんじゃないですかね。東北に行った時も関根(正人)さんがタイムを出せたんだから、可能だということですよね」
富良野のことが出てきたのでグラベル戦のハナシをしますか──
ハギ「富良野のスタート前は東北に行った後だったので、心の余裕はありましたね。みんなより早くダートを走っていたわけですから。ましてや、同じウェットでしたからね。ただ、ウェットで滑るのはわかっているんですけど、抑えて走るのはやりたくなかったんですよ。多少オーバーアクションでもはみ出しても、アクセルを踏んで行きたかった。それが走りにそのまま出ていたんでしょうね」
コーナーの出口でおつりが出ていたよね──
ハギ「気持ちの割にはクルマが付いてきていなかったのかなって。無駄な方向に行っていたんでしょうね。気持が空回りしていたんでしょう」
あの時も勝てると思っていた──
ハギ「そうですね。最初は勝って、次は負けて、勝って負けてで、一時は10秒近く差がついていたんで、勝てると思っていたんですよ。最後はスタートしてすごい滑ったので、無理したら道から落ちるなと思ってペースを少し落としたら負けてしまって。『負けるな』とは思っていたけど、あんなに負けるとは思っていなかったですから。全然クルマを曲げれなかったから、抑え過ぎていたんでしょうね」
ペース配分が上手くいかなかった──
ハギ「そうですね。最初から行こうとしていたのは良かったんでしょうけど、オーバーペースだったんでしょうね。後半、これ以上行ったらダメだと思って抑えたのが敗因でしょうね。最初からあんなに行かないで、無難に走っていれば行けたかもしれないです。冷静じゃなかったんでしょうね」
でもSS1でトップだったでしょう──
ハギ「舗装が速かったので、ダートが遅いと『舗装だけなんだ』って思われるのが一番嫌でしたね。SS1でベストを出して少しは気持ちが楽になったんですけど、最後には負けましたからね」
RTCでは──
ハギ「ハイスピード林道は負けないって自信があったんです。SS1で勝ったので『今日は行けるかな』とは思いましたけど、富良野のように空回りしちゃダメだと最終戦は冷静に走れたかな。いいところは自分でも満足できるところまで行っていたので、富良野の時のようなすごい悔しさはなかったですね。でも、負けたから悔しいのは悔しいですけど」
リザルトを見ると陸別サーキットが良くないね──
ハギ「陸別サーキットは自分で運転していても良くないなと思っていましたから」
何が悪いの──
ハギ「ラインが悪いんでしょうね。もっと攻めて速く走れるコーナーがたくさんありましたから」
3回走ると良くなるでしょう──
ハギ「確かに3本走るとしだいに良くなって来たんですけど、1本目の差がデカ過ぎました。こっちが速くなったら(中村)有一さんも速くなっていたんで、差が詰まらないんです」
ハギから見て有一って──
ハギ「有一さんは強いですね。自分がタイムを出すと、同じぐらい有一さんも出してくる。こちらが一歩抜け出すと、次は同じかそれ以上のタイムを出してくる。だから、僕からすると有一さんは合わせてきているのかなって見えるんです。こちらがなんか上手くいかなくて悪いと、有一さんも同じように悪いとかね。本気で走っているんでしょうけど、きっとまだ上があるんでしょうね」
今年の自分は──
ハギ「富良野は負けて悔しいというより、自分に悔しかったですね。東北に遠征して経験を積んで、滑る路面に対して対応が出来ると思ったのに、出来なかった自分にすごくがっかりしました」

第4戦SuperTarmac2009の表彰式
第4戦SuperTarmac2009の表彰式

東北に行ってみてどうだった──
ハギ「初めての遠征で、こっちにない道ですごい新鮮でした。ただ、全然攻めきれなかったですけど」
他には──
ハギ「ナイトラリー事態が初めてで。初めての道で、初めてのナイトラリーで、初めてのCPラリーでしたから。自分の実力が出せなかったですね。道幅のせいもあるんでしょうけど、気持ちの問題なのかなって一番思いましたね」
遠征は楽しかった──
ハギ「異国の地に来て、雰囲気にのまれちゃっていたんでしょうね。些細なことですけど、ガソリンをどこで入れるとか。初めてのラリーの形態なので、スタートしてどれぐらい余裕があるとか、フィニッシュして次までどれだけあるとか、全然未知の世界だったんですよ。そのへんでまったく余裕がなくて、初めてラリーに出た時と同じ感じでしたね。それが走りにも出ていて、自分の良さを出せないで終わったと思うんです。でも、ものすごくいい経験が出来ました。大差は付けられたけど、今度はもうちょっと絡めるかなっていう気がします」
来年も──
ハギ「是非行きたいですね。勝つのは厳しいかもしれないですけど、いい勝負は出来ると思います」
異国の地もいいですが、北海道のことも──
ハギ「北海道も若くて元気のいい選手が出てきてほしいですよね。チャンピオン戦のレギュラードライバーで僕が若い方ですから。いろんな人がトップに絡めたら、もっと楽しくなるんですけどね。エントリーリストを見ても、有一さんがいて、僕や山田(健一)さんがいて、と、新鮮味が無いですからね。最終戦のような、有一さんや関根さんがいて、猿谷さんが思っていたより速くて、っていう何人かでトップ争いが出来る戦いだと北海道も面白くなるんですけどね。今回の猿谷さんのように、北海道から出て行った人達も一年に一回ぐらい走りに来ると面白いと思うんですけど。桑田(幸典)さんも全日本には来てますけど、地方戦にも顔を出してくれるといいんですけどね。やっつけたいですから」
来年のハギは──
ハギ「来年はエボ7にします。エボ7になってもいまの走りが出来るといいと思っているんですけど、エボ2の方が速かったねって言われないようにするのが来年の課題ですね」
全戦に出ないかもって聞いたんだけど──
ハギ「幸せなことなんですけど、ラリーにずっと出続けているんですよ。ミラージュが燃えてしまった時も、関根さんがNAランサーを乗って帰れって、その日のうちに乗ってってますし、エンジンが壊れてもすぐに直してくれて次のラリーに間に合ってますから。学習発表会とか運動会とか、学校の行事とぶつかっていない限りラリーに出れてますからね。出たくても出れない人には悪いんですけど、ただ何となく出続けているっていうのがあるんですよね。スノー、ターマック、グラベルとあると、いまの自分がダメなのはグラベルなんですよ。だから、他を犠牲にしてもグラベルに力を注ぎたいんですよね。時間もそうですし、お金もそうですし、グラベルで満足のいく走りをしたいですし、結果も出したいですから。でも、サービスとかに行って、みんなが走っているのを見ると走りたくなるかもしれませんけどね」

最後に若手にアドバイスとかありますか──
ハギ「僕がやってきたことは、身近にいる速い人のマネをすることから始めました。同じクルマに乗っている、その人のコピーが出来れば、その人と同じところまでは行けますからね。そこまで行ったら、次にもっと速い人を見つければいいじゃないですか。そう思ってやって来ていますね」
身近な仲間も必要だと──
ハギ「大切ですね。走らせ方もそうですが、クルマのセッティングの仕方とかラインの取り方の話を聞けば、こういうふうに考えているからこうしているんだって教えてくれますから。そしてなにより、隣に乗れるっていうのが大きいですね。目で確かめられますから。自分でやってみて、これは失敗したとか成功したとかが一目瞭然じゃないですか。それをはじめていけば上手くなるんじゃないですかね。自分でちゃんと出来るようになりたいからこうするとか、こうなりたいとか解ってやらないと、やみくもに走ってもお金を使うだけですからね。目標を持ってやらないと練習になってない気がするんですよ。まだ練習になってないだけならいいんですけど、あらぬ方向に進んで行って、練習した結果が全然ダメだったっていうのもありましたから」
それはハギがあったの──
ハギ「そうなんです。一人で練習したり違う人達と走りに行って、自分では良くなったと思って隣に乗ってもらったら『おまえはもう終わったな。輝きが無くなった』って言われたことがありましたから」
それは練習が悪かったとか──
ハギ「そうなんでしょうね。間違った方向へ練習していたんでしょうね」
どういう練習がいいと思う──
ハギ「隣にどんどん乗せてもらえばいいと思いますよ。僕もとにかく乗せてもらいました。ただ、そのせいで自分のイメージがなかなか持てないっていうのもありましたけど。身近にいる速い人から吸収することですね。いろいろと聞くことですよ。いまはあまりにも聞きすぎるので『たまには自分で考えろ』って言われますけど」
今年はもう終わり──
ハギ「JMRCオールスターラリーに出ますので、応援してくださいね」
ありがとうございました──

来年はマシンをスイッチするハギの走りに注目したいね。特にグラベル戦では。もちろんオールスターも応援してますよ。
  1. 2009/11/09(月) 08:51:07|
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